「俺は、カカシ先生が好きです」
逃れられないカカシ先生の腕の中で叫んだ。
カカシ先生の体が強張る。
「ちゃんと好きです。誰よりも、ナルトよりも、ずっとずっと大切に想ってます」
言いながら、ああ俺ほんとに「好き」ってちゃんと言ったことなかったんだとわかった。
カカシ先生から体を少し離し、正面から顔を覗いた。
「ずっと言わなくてごめんなさい。でもあんたも悪いんですよ。俺の気持ち聞く前に自分ばっかり突っ走ってしまうから」
言いながら、だんだんと照れてきた。
赤くなりながらも、今ちゃんと伝えないと駄目だというのはわかった。
じゃないとまたこの男は自分の考えに沈んでしまう。
カカシ先生は目を開いて俺を見ていた。
(写輪眼まるだし)
そういえば、この部屋に飛び込んできた時からこの男は額宛をずらし両目を露にしていた。口布を取り払い、肩で呼吸をしていた。
今更ながらどれだけ急いでこの男が自分の元に戻ってきたかがわかった。
「あまり無理をしないでください。あんたが思うよりもずっと、俺はあんたが好きなんですから。何処にも逃げはしません」
ほんとに子供みたいだと思った。
図体ばかりがデカくなってしまった子供。己の力を持て余し、どうしていいかわからず途方に暮れている。
不安ばかりが先走り、検討違いな方向に突っ走ろうとして。
「バカな結界なんて張って。あんたチャクラ切れ起こしたらどうするんです」
「・・・でも」
「心配しました」
「・・・・・・はい」
「もうこんなことはしないでください」
カカシ先生の目が悲しげに揺れた。
「駄目ですか?俺は、あなたを独り占めすることは出来ませんか?」
どうすれば、この男は理解するのだろう。
何を言えば、この男に伝わるのだろう。
あなたの悲観はまるで的を得ないのだ。どうしてわからない。俺はあなたの側に居るというのに。あなたに愛を捧げているというのに。
伝わらないもどかしさに胸が詰まる。
どうして、俺はこの男を安心させてやれないのだろう。
どうして、この男に伝わる言葉を持っていないのだろう。
カカシ先生の指が何度も何度も俺の頬をなぞる。
(何を考えてるんだ)
頬に当てられた手に自分の手を重ねた。
灰色だかった青い瞳が切なげにまたたく。銀色の睫が弱く震えている。
「バカ」
慰めたいはずなのに、口からは正反対の言葉が出てきた。
カカシ先生はそれに頷く。
(あ~~もう!!)
頭を掻き毟りたい気分だ。
苛立ちまぎれにカカシ先生の手を採り引っ張った。
驚く程あっさりと俺の胸に倒れこんでくる。
見た目よりも随分逞しい肩を抱きしめ、さて、どうするかと思案する。
まるで子供みたいな男。けれど、子供でないのは知っている。
この男の見てきた世界、凄惨たる世界を見ているだろうにも関わらず今存在している事実が何よりも男の強さを証明している。
なのに、子供のようなこの一心不乱さはなんだろう。傲慢なまでの一途さを一体何とすればいいのだろう。
子供のような独自の価値観で世界が回る。
自分が世界の中心だといわんばかりに揺ぎ無い心で周りを振り回す。
ああ、そうだ。
振り回されるしかないのだ。
男は笑うと俺は嬉しい。
男が怒ると俺は悲しい。ムカつくが、なんとか宥めようと必死になる。
男が泣くと俺は心配になる。不安になる。切なくなる。
結局、男は何をしても俺は心穏やかではない。
「俺はあなただけのものです」
カカシ先生の肩が小さく揺れる。その動きすら愛しい。
顔をあげさせると、不安げな目に覗き込まれた。けれど、先ほどまでの悲観の色は薄れ、期待の混じった光が灯っている。
胸の奥から何かこみ上げてくる。嬉しさや、安堵。
「俺の言葉を信じてください」
少しでもいい、この男の悲しみを取り除いてやれるなら。
「こんなに・・・あなたに取り乱されている俺を、疑わないでください」
言葉で伝わらないのなら。
一度歯を食いしばり、カカシ先生に唇を贈った。
何度か軽く口付けていると、途中からはっきりと意思を持った手に背中を撫で上げられた。
「・・・嫌じゃないですか?イルカ先生、俺とこういうことするの、嫌じゃない?」
ああ、と。思わず悲観のため息が漏れそうになった。
もしかしたらと思っていたが、この男、俺に触れるのすら実は躊躇っていたのか。だからいつもあんなに強引に持ち込んでいたのか。
「嬉しいです」
男の目を見てはっきり告げると、これ以上にない力で抱きしめられた。
抱き合いながら、好きだと、何度も繰り返した。
途中罵りの言葉も吐いたかもしれない。あなたが居なくて不安だったと。嫌われたのではないかと恐怖したと。どうして一人にしたのかと。
それでも、カカシ先生は嬉々としてその言葉を聞いていた。
「イルカ先生、はい、あーん。ねぇったら、あーーん」
(・・・・絶対開けねぇ)
ぐいぐいと口に押し付けてくる卵焼きを入れるもんかと必死で唇を引き結んだ。
カカシ先生はいつもの如く俺の膝の上に乗り上げている(重い)。
「あーーんってしてよ!!」
無視してそっぽを向くとカカシ先生がヒステリックに叫んだ。
「ちょっと口あけてくれるだけでいいのに!!イルカ先生ったら!ほら、あーーーん!!!」
結局、何も変わらなかった。
俺があの親子に学んだ「人の振り見て我が振り直せ」作戦は全く効果がなかった。
それどころか・・・、
(パワーアップしてやがる・・・!)
カカシ先生はそっぽ向いた俺の顎を無理やり戻し、尚且つ無理やりこじ開けようとしている。
以前は無視すると泣きくれていたのに、今は更に挑んでくる。
要するに自信がついたのだろう。
俺の愛を確信したカカシ先生は、これまで以上に我侭になった。
そして俺ときたら・・・・、あの晩に見たカカシ先生の姿に心打たれ、どうもカカシ先生に強く反撃できない。
以前のように膝に乗りあがるカカシ先生を蹴り倒したりできなくなってしまった(可哀相で)。
こじ開けられた口に卵焼きをねじ込まれる。
ムカつきながらもしょうがないから咀嚼した。
「おいしいでしょ?」
カカシ先生がニコっと笑う。
(ああもう可愛いなあ)
どんなことをされても、その笑み一つで許してしまいそうになる。
最近、ふと思うことがある。
もしかすると、俺の好きの気持ちの方が大きいのではないだろうか。
それを嫌だとは思わなかった。むしろ優越感すら感じる。
この男はまだまだまだ理解していない。
俺がどれほどの愛を持っているか。
愛してます。
いつか言うであろう言葉が確かに胸の奥にある。
(完)
やけに音が大きく聞こえる。
読んでいた巻物から目を上げると窓の外の月が見えた。
雲の動きが早い。
木々が風に吹かれ大きく戦慄いていた。
ザワリと、耳の奥が揺れる。
(早いな)
風に吹かれるわけでもないのに背中が粟立つような感覚が走った。
(帰ってきたか)
どんなに早くとも今夜中には会えまいと思っていたが、予想が外れた。
ふいに弾かれるような音が響いた。
瞬きもする間もなく部屋にカカシ先生が部屋に飛びこんできた。
肩で息をしながら必死で言葉を紡ごうと口を開く。
「イルカ先生・・・!」
その顔を見て、さっきまでの恐怖が薄らいでいくのがわかった。
どうやら、この人は俺に愛想を尽かしたわけじゃなさそうだ。
「おかえりなさい」
座ったままカカシ先生を見上げた。
カカシ先生は俺の前まで来ると膝を折り、ただ「うん」と頷いた。
まだ息が上がっている。何か言おうとするのに、うまく呼吸が出来ないようだ。何度か言葉を飲み込み、それから焦るような手つきで俺の肩を抱き寄せた。
「また、無茶をして」
「はい」
「子供達は大丈夫ですか?一日で往復出来る距離じゃないでしょう」
「・・・大丈夫です。ちゃんと一緒に里に戻りました」
抱き寄せられてるのでカカシ先生の心臓の音がよく聞こえる。
早い鼓動に、
「無茶をして」
そう言わずにいられなかった。
一層強く抱きしめられる。両腕ごと抱き込まれ俺は身動きが取れない。
「バカ」
「・・・はい」
「あんたはバカです」
「ごめんなさい」
「・・・どうして、こんな結界なんて・・・!」
結界を張ってどうするというのだ。俺を閉じ込めたところで、何になる?
湧き上がる怒りに胸が締め付けられる。
結界を張るのにもチャクラがいる。カカシ先生の張った結界は決して片手間に出来るものじゃない。
ただでさえ体力を消耗する技ばかり持ち、スタミナ不足がちな男なのだ。
それなのに強大な結界を張り、里を離れずっと走っていたのだ。
見ろ、今だってまだ呼吸があがったままだ。鼓動だってちっとも落ち着かない。
「・・・やっと、俺のものだって」
震える声でカカシ先生が呟いた。
俺の肩口に額を乗せ、しがみ付くように俺を抱きしめる腕に力を込めた。
「あなたいつも素っ気ないのに、今日はすごく優しくて、可愛くかったから。俺嬉しくて・・・」
嬉しかったのか?ちっともそんな風には見えなかったが。
「ほんとに嬉しくて、もう無理だって思いました。俺はあなたに捨てられたら生きていけない。あなたに嫌われたら生きる意味がなくなる。前からそうだったけど、あなたは逃げてばっかりだったでしょ。だから、ずっと我慢してた」
「・・・我慢?」
何を?あれだけ好き勝手我侭放題やっといてどこを我慢してたというのだ。
疑問に思うがカカシ先生は本気で自分が我慢していると思っているようだ。
「イルカ先生は俺のことは特別に好きなわけじゃないって。俺にとってあなたは唯一の人だけど、あなたにとって俺はその他大勢の一人だ。だから、どんなにあなたが素っ気なくても、それで我慢しようと思った。側に居られるだけでいい。嫌われてないならそれでいい。あなたを抱けるなら、それだけで充分だと思おうとしました。でもね、イルカ先生」
矢継ぎ早に吐き出される言葉を俺は半ば呆然と聞いていた。
「それは、辛い」
血を吐くように、カカシ先生が「辛い」と言う。
怒りに締め付けられる胸が悲鳴を上げそうになった。目の奥が熱い。怒りに視界が赤く染まる。
何が辛いだ、ここまで俺を束縛しといて!
俺の生活は今やカカシ先生に振り回されっぱなしだ。何処に居ても何をしていてもあんたは俺の側に居るじゃないか!
離れていたって、俺はあんたのことが気になってしょうがないじゃないか!
「あんたは・・・!」
怒りをぶつけたかった。好き勝手に自分の言い分ばかりのこの男に何か言ってやりたかった。
けれどその前に、カカシ先生が急にうっとりとした口調で呟いた。
「でも、今日のイルカ先生すごく可愛かったから。ああ、俺イルカ先生に好きになって貰えたんだってわかった。もう我慢しなくていいってわかった。俺ね、ずっとあなたを独り占めしたかった。ナルトみたいにいつだってあんたに大切に想われたかった。誰の目にも触れないところに閉じ込めてしまいたいって何度も考えて。でもそんなことしたってあなたは俺のものにはならない。あなたに嫌われたら俺は生きていけないから、ずっと我慢してたよ。でも、あなたはやっと俺のこと好きになってくれたでしょ。もう独り占めしてもいいんだってわかって・・・」
ありったけの力でカカシ先生の腕を振り解いた。
不意打ちをくらったカカシ先生は何が起こったかわからないと顔で俺の顔を見つめた。
それから、また手を伸ばしてくる。
逃がしはしないと意思を持って。
「カカシ先生!」
捕まる前に声を張り上げた。
このままカカシ先生の言い分だけ聞いて、はいそーですかで納得出来るか。カカシ先生の手は一瞬躊躇したものの、次の瞬間にはまた強く抱きこまれていた。
「無理だって言ったでしょ」
さっきとは打って変わった低い声で耳元で囁かれる。
チクショウ。まただ。また易々ととっ捕まって、相手の気持ちだけ聞かされて。
俺の方が、絶対辛い。
「放せ・・・!」
涙が出そうになった。
自分を束縛しようとするこの男には、俺の気持ちなどちっとも伝わってなかったのだ。
俺は何も言う暇がないくらい、あんたは自分のことばかりだ。
やっと好きになってくれた、だと?
俺の気持ちなど聞く気など、実は全然なかったくせに。
誰があんたのことをその他大勢の一人だなんて言った?大切に想ってないなど言った?
なんとかカカシ先生の腕から逃れようと暴れた。
「駄目。あなたは俺のものだよ」
「カカシ先生・・・!!」
お願いだから、一人で勝手に思いつめないでください。
そんな辛い顔をしないでください。
悲しい顔をして俺に好きだと言わないでください。
(続)
・・・これも駄目か)
「・・・ふ・・・、さすがは上忍・・・・」
何度目かの印を切り終え、俺は片膝をついて黄昏た。
『中忍なんかじゃこの結界は解けないよー、バーカバーカ』ってことか?
「ドちくしょう!!」
ヤツアタリ半分に畳返しとしてみたがそれもまた虚しい。
ひっくり返った畳の裏から長年溜まった埃が立ち昇り目の前が霞む。
(ハッ!!!)
人だ!!
埃がはれると窓の外の方で人の声が聞こえた。
慌てて窓へと近寄り表に居る人へ手を振った。
「おーーーーい!!おーーーーーっい!!!」
表の道を母子が仲良く手を繋いで歩いている。
頼むから気づいてくれと必死で手を振っていると、息子の方が顔を上げた。
(助かった・・・・っ!)
こんだけ大声を出しているのにも関らず母親の方は気づきもしない。
どうやら俺の声は外へは一切洩れないようになっているらしかった(外の声は問題なく聞こえるのに)。
さっきから何人か人が通ったが、俺に気づいたのはあの男の子だけだ。
やっぱり子供は感が良いんだな。
感心しながらも必死の形相を作って助けを求める。
男の子は母親の袖を引っ張り俺を指差して何かを告げていた。
母親も俺を見上げる。
「玄関をあけてくださーーーーっい」
身振り手振りを交えなんとか玄関の方へ回ってくれと伝え様としたが・・・、
「バイバーーイ!」
男の子は無邪気にニコニコして俺に手を振った。
母親の方も同じようにニコニコしながら・・・・・。
「違う!そうじゃないんだ!助けてくれ!!」
違う違うと手を振ってもその母子は全く気づかない様子で手を振りながら去っていった。
万策尽きたか・・・・・・。
ガクリと膝を折った。
やるだけのことはやってみた。
窓を破ろうとしたし天袋から出ようともした。巻物をひっくり返して使えそうな術を試した。
けれど全て無駄だった。
助けを呼ぼうにもこの有様だ。
・・・・どうすんだよ・・・・・。
今日はまだいい。幸い有給をとってるし外へ出られなくても問題はない。
食料は困らない程度にはあるし水もガスも電気も使える。
だが、明日からはまたいつも通り仕事があるのだ。
この忌々しい結界を張ったカカシ先生は早くても戻るのは明日の夜だ。
今日は有給で明日は無断欠勤って・・・・、洒落にならねえんだよ!!
有給とてかなり周りからブーイングを受けたのだ。それを頼みこんで半ば無理矢理にもぎ取った休みだというのに。
明日休んだりなんかしたら・・・・・。
同僚達の怒り狂う姿が目に浮かびそうだ。
運よく誰かが怒鳴りこんできてくれればいいが、そんな暇があるくらいならそこまで反感は買わないということだ。
事務方は常に人手不足だった。
「クソ・・・ッ!!」
大体なんで俺がこんな目に会わなきゃならない。
バチか?!バチがあたったのか?!
カカシ先生を困らせてやろうなどと考えてしまったから、なんかこう神様とかお釈迦様とかそういう類いのが怒ったのか?!
(なんなんだよ!ちっとも困ってなかったじゃねーかよ!)
あげくにこの仕打ちだ!!
あ、そうだ、バチも何も、こんなことをしたのははたけカカシ本人だ!!
カカシ先生が怒ったのか?!
・・・・それは、まぁ、あるかもな。
困らせるつもりが怒らせてしまったのか?
俺もカカシ先生にああいう類いの我侭を言われたら怒るが・・・・、
「ここまでしねぇ!!」
しようと思っても出来ない。
けど、出来てもしない。それぐらいの道徳観はある。
大体結界張って何の意味があるっていうんだ。
俺をこんなところに閉じ込めたって、カカシ先生はさっさと仕事に行ったわけだし・・・。
あ。
そういえば、以前、足に縋って駄々を捏ねるカカシ先生を振りきって出勤しようとしたことがあった。
その時カカシ先生はアカデミーの手前まで俺を追ってきた。
俺はブチ切れてその後一週間口をきかなかったのでよく覚えている。
(カカシ先生も俺が追ってくるのが嫌で・・・・?)
だから前持ってそうは出来ないようこんな小賢しい結界など張ったのか?
「そんなに俺は迷惑か?!」
腸が煮えくり返るようだ。
いくら困らせてやろうと思ってもそこまで羞恥を捨てる気はない。というか人間を捨てる気はない。
ムカつく。
全てにムカつく。
カカシ先生が俺がそんな真似をすると思ったことにも、それに予防線をはったのかもしれないことにも。
俺がカカシ先生のすることには結局何一つ逆らえないことにも。
朝、我侭を言った後のカカシ先生の様子を思い出した。
何を考えているか全くわからなかったが、その実、ただ呆れていただけだったのか。
あの目を見た時、捨てないで欲しいと思ってしまった。
突き放されると恐怖した。
恐怖して・・・ああ、そうだよ、悲しくなった。
今も悲しい。
普段は俺の方が威張っている。
カカシ先生も大体は俺の言うことを聞いてくれている。
(なんだかなぁ・・・・)
手のひらで転がされてるだけなのか、結局。
わからなかった。
頭の中がグチャグチャする。
「早く帰って来い」
決して開かない玄関の扉に向って呟いた。
とにかくカカシ先生、あんたが居ないと話にならない。
今はまだ夕刻、明日の夜までたっぷり時間はある。
それまであんたのことだけを考えてやろう。
もしかしたら俺は少し甘え過ぎていたのかもしれない。
あんたが感情をぶつけてくるままにそれに振りまわされて、あんたが俺にとって何なのかよくわからないまま付き合ってきた。
「カカシ先生、俺を見くびらないで頂きたい」
振りまわされながら、あんたを想う気持ちはどんどん溜まっていく一方だった。
溜まった気持ちは吐き出される暇はなく更に溜まっていく。
カカシ先生、あんたのせいもあるんですよ。
俺があんたを愛しく想うのは、あんたの形振り構わない言葉や態度のせいもあるんです。
実際あんたの腹の中はわかりませんが、
積もり積もったこの気持ち、いっそのこと全部あんたにぶちまけてやりましょうか。
(続)
目が覚めるとまだ昼過ぎだった。
何もする気にならずしばらくボーっとしていたがそれも飽きた。
夕飯の支度をするにはまだ早い時間だし、今夜はカカシ先生も帰ってこない。
今日の七班の任務は隣の街へ書簡を送り届けることだった。
ランクはD、危険を伴うことはないが時間がかかる任務だ。隣町と言ってもその道程には山が二つある。
カカシ先生だけならまだしも子供達の足で一日で行って帰れる距離ではない。
早くても戻るのは明日の夜だろう。
(・・・仕事行くか・・・)
一応有給申請はしていたが職場に行けば仕事は山積みだ。
こんな処でボーっとしていてもしょうがない。嫌ばかり考えてしまいそうだ。
「・・・ぃよっと!」
気合を入れ体を起した。急に起きあがったせいで少し頭がクラクラする。
それを振り払い洗面所へ向った。
「うーわ、酷い顔」
鏡の中の自分の顔を見てげんなりした。
最悪だ。
瞼が僅かだが張れあがっている。泣いていたわけじゃあるまいし。
寝過ぎだな、ただの。
(寝過ぎ寝過ぎ)
冷たい水で顔を洗うと少しはスッキリした気がする。
そのまま髪を結わえアンダーに袖を通した。
(・・・洗濯ぐらいすればよかったかな)
洗面台の横にある洗濯籠には結構な量が溜まっていた。
自分一人ではこんなにすぐには溜まらなかったがやはり二人分だと溜まるのも早い。
こんな時間では洗濯をしても干す時間がない。窓の外からは夕方前の濃い光が射しこんでいる。
明日、朝一で洗濯するか。
どうせ今夜もカカシ先生は帰って来ないのだ。
朝はいつもより早く起きることが出来るだろう。
頭の中に『洗濯』と叩きこんで洗面所を出た。
(とりあえずアカデミーの方に行くか)
玄関先でゲートルを巻きながらこれからのアカデミーの予定を考えた。
もうすぐ中間試験が始まるんだよなぁ・・・。
また忙しくなりそうだ。
ナルトが卒業してから少しは仕事も減るかと思ったが何のことはない。
子供達はいつも何やかやにつけて事件を引き起こしてくれた。
(子供達はもう帰ったかな)
平日に子供達の顔を見ないのはやっぱり落ちつかない。なんだか後めたい気持ちにさえなった。
そう思うと急に子供達の顔が見たくなった。
「さ!行くか!」
今なら悪戯小僧達がまだ残っているに違いない。木の葉丸達がまたエビス先生に追い掛け回されたりしているだろう。
少しだけ楽しくなってドアのノブをまわした。
「・・・・・ん?」
はじめ、鍵がかかっているのかと思った。
(なんで回らないんだ?)
俺はドアノブを回したつもりだったが、ピクリとも動いていなかった。
はてな?と思いつつも鍵を見たが特にかかっている様子はない。
それに俺はずっと家の中に居たのだ。鍵をかけた覚えはなかった。
(カカシ先生がかけたのか?)
カカシ先生もこの家の鍵を持ってはいるが、俺が家の中に居るというのにわざわざ鍵をかけたりはしないだろう。
いや、それよりも鍵はかかってないのだから・・・・。
「げえ」
嫌な考えに行き当たった。
このアパートはかなり古い。俺が越してきたときすでに築30年という年代ものだった。
よくこれまで建っていたものだと感心するようなボロい建物だ。
相当建て付けも悪い。
これまで何度か足入れの扉があかなくなったりベランダの扉が完全に閉まらなくなったりと不具合を起していた。
とうとう玄関まで悪くなったか・・・・。
ドアノブを何度か回したり押したり引いたりしてみたが、ビクとしやしない。
朝はそうでもなさそうだったんだけどなぁ。
ま、こういうボロイ家だ。
何かの拍子に急に悪くなったんだろう。
俺は玄関を諦めてベランダの方から出ることにした。
(大家さんに連絡しないとなぁ・・・)
アカデミーに行きがてら寄ってみようか。
「・・・・・ぁあ?」
なんで開かないんだ?
ベランダを扉を開けよと力を込めたが、そこもまた動かなくなっていた。
「ふんっ!!!」
両手にありったけの力を込めたがピクリとも動きやしない。
ここまでガタが来たのか・・・・・?
「おりゃ!!!」
片足を枠にかけ開けようと試みるが・・・・駄目だ、全然動かねえ。
ガタリともいわねぇぞ・・・・。
扉を開けるぐらいでハアハアと息があがってしまいそうになる。
「・・・なんで開かないんだ・・・・?」
一部の隙もなく閉じられた扉に、そこで、俺はやっとおかしいと気づいた。
(どういうことだ・・・・?)
下履きを投げ捨て、台所の窓へと向った。
(クソ!ここもか・・・っ!!)
しかしその窓もまたビクとも動かない。
風呂場の窓も同じだ。
どんなに力を込めても手応えがない。
まるで結界の中にでも閉じ込められているようだ。
・・・・結界・・・・・?
(まさか・・・・っ!!)
背中に冷や汗が走る。
よくよく神経を集中させるとこの部屋全体に微量だがチャクラの流れを感じた。
「・・・俺は、馬鹿か・・・・・」
呆然と呟くしかなかった。
満遍なくこの部屋全体に結界が張られている。
まるで薄い布にピッチリと包まれているようだ。
一度意識すればありありとわかるその存在に歯噛みしたくなる。
なんで気づかなかった?!
ずっとこの部屋に居たというのに!!
いや、・・・・違う、気づくはずがない。
このチャクラを俺は知っている。
いつも側にあるチャクラだ。
「カカシ先生・・・」
あんたの気配はこの部屋には染みついていて、あんたのチャクラは俺にとって日常なんだ。
「馬鹿野郎・・・・」
わけのわからん真似をしやがって。
俺はまるで閉じ込められるようにアパートから出ることが出来なくなっていた。
(続)
「カカシ先生、あーーん」
「・・・・・・・・・・」
「はい、あーーーーーーん」
「・・・・・・・・・・」
正座をするカカシ先生の足の上にまたがった俺はいつも強要されている行為を迫った。
カカシ先生は顔面蒼白で俺の行為を眺めている。手は律儀に俺の腰へとまわされているので一応意識はあるようだ。
ただ全く口を開ける気配はない。
まあそうだろう。
コレはとても恥ずかしい行為だ。
カカシ先生が口を開きたがらないのもわかる。
なので、俺はカカシ先生の口を無理矢理こじ開けた。
わずかに開いた隙間に卵焼きを押し込んだ。俺はカカシ先生と違って優しいので熱々を放りこんだりしない。
瞬きも忘れて俺を呆然と見るカカシ先生は卵焼きを口に入れられても反応がなかった。
「噛め」
目に力を込め言うと、モソモソと咀嚼をはじめた。
「おいしい?」
聞くとコクコクと頷く。
もちろん俺が作ったのではないが、美味しいのならよかった。
続いて鮭の塩焼きを丸ごと箸で摘んでカカシ先生の口へ押しこんだ。
更にごはん味噌汁漬物と次々と押しこんでいった。
カカシ先生は終止だまってそれを咀嚼していた。
(・・・・・なんでこんな反応ないんだ?)
大人しくされるがままのカカシ先生に俺は釈然としなかった。
はっきり言ってこういうことすればさぞ喜ぶだろうと思っていた。以前に「イルカ先生もやってよ!あーんって!!」と何度も強請られた。
別に喜ばせたいわけじゃないが、反応がないのも面白くない。
なんだよ、実際やったら気色悪かったってことか?
腹が立つのでまだ口の中をモゴモゴさせているカカシ先生の鼻を摘んでやった。
ケケケ、これで息ができまい。
いつまで持つかと思ったが、カカシ先生はすぐに口の中のものを飲みこんでしまい俺はなんのために鼻を摘んでいるのかわからなかった。
手を離すとカカシ先生の鼻が赤くなっている。
ちょっと可哀想に思って、赤くなっている部分に軽く口付けてみた。
ビクゥ!!
瞬間にカカシ先生の体が大きく慄いた。
(嫌だったのかな?)
顔を覗きこむとカカシ先生は目をかっぴらいて俺を凝視している。
「いや、ですか?」
聞くとブンブンと首をふった。
その反応に気をよくし、俺はさらにカカシ先生の鼻や頬で額などに軽く啄ばんだ。
しかしカカシ先生の顔色はみるみると白くなっていく。
赤くなるならまだしも、白くなるってなんだよ、失敬な。
「せんせ、俺、これから任務で・・・・」
蝋人形のようにになったカカシ先生はシドロモドロになりながら必死に言い募る。
「もう、行かれるんですか・・・?」
口の端を舐め上げながら上目遣いで問うと、カカシ先生は眼球だけを動かし俺をみた。
「行かないと・・・」
感情の読めない色違いの眼で俺を見下ろす。
瞬間、ギクリとした。
ほんと、何を考えているんだか。
ため息が洩れた。
たまに、ほんとに極々たまに、カカシ先生はこういう感情のない目で俺を見ることがある。
でもこういう目をするときは俺に近づかず、少し離れたところでボンヤリと俺を眺めていた。
(ガラス玉みたいだ)
間近で見るのは初めてなその目は覗きこむと俺を映し出していた。
カカシ先生の目の中の俺は、思ったよりもずっと情けない顔をしていた。
いつも泣きべそをかいているのはカカシ先生の方だ。
なのに、今は俺のほうが泣きそうな顔をしている。
「行かないでください」
口から出る言葉は、朝から言おうと計画していたものだ。
芝居がかって大げさに言ってやろうと思っていたが、出された声は自分でも驚くほど平淡だった。
これじゃ、嘘だとばれるかな。
せっかく上手く騙したと思ったのに。
カカシ先生が途中から無反応になったのですっかり調子がくるってしまった。
自嘲気味に笑いながら、これ以上自分の情けない顔をカカシ先生の瞳に見たくなくて俯いた。
カカシ先生の胸に額をくっつけていると、ふいに体が浮いた。。
あ、という暇もなく膝から下ろされる。
「ごめん、行かなくちゃ」
カカシ先生は立ちあがり、口布を引き上げた。額当てもいつものように左目を覆い、カカシ先生の表情は完全に右目の深い蒼だけになった。
ますます何考えてるんだかわからない。
ふいに、悔しくて溜まらなくなった。
「行かないで」
もっと困ればいいのに。
俺はあんたの我侭にふりまわされっぱなしで、毎日毎日心身共に疲れ果てて。
なのにあんたは俺の我侭に少し困ったそぶりを見せただけで、後は何も見せてくれない。
俺など何をしても関係ないとでも言いたいのか。
「行かないでくださいっ」
いとも簡単に動きを封じられた。
喋る言葉さえもその目を前に意味をなくした。
悔しくて悔しくて、上から見下ろす男を睨みつけた。
カカシ先生は眉一つ動かさず、
「待ってて」
ポツリと言ったきり、部屋から出てしまった。
しばらく畳に座りこんだまま呆然としていた。
バカみたいだ。
結局カカシ先生を困らせることなど出来ず俺が虚しい我侭を言っていただけだった。
「なんだかなあ・・・」
呟いた自分の声をどこか違うところで聞いているようだ。
嫌われでもしたらどうするんだ。
先ほどのカカシ先生の感情のない目が脳裏に焼きついて離れない。
胸が押しつぶされそうな気がした。
ふいに、カカシ先生が我侭を言った後によく「捨てないで!」と叫んでいたことを思い出す。
その時は「何を言っているんだ」と思っていたが、立場が逆転するとカカシ先生が何を必死になっていたのかわかる気がした。
俺とて、今すぐにでもカカシ先生に「捨てないで」と縋りつきたい。
不安なのだ。とても。
言葉にしないとこの嫌な気持ちに取り込まれそうで、けれど言えば言ったで更に不安になるだろうことも目に見えている。
「こんなことしなきゃよかった」
軽い気持ちだったのに、今はとてつもなく気が重い。
どうしようもない脱力感に俺はそのまま畳に横になった。
(続)
「イルカ先生」
既にいつもの起床時間をとっくに過ぎている。
それでもまだ布団から出ない俺にカカシ先生はオズオズと声をかけてきた。
「どうしたの?具合悪いの?」
遠慮がちに布団の裾を捲ってくる。
「・・・まぶし・・・」
朝の容赦ない光に眉を顰めてしまった。
起きているつもりだったがまだ半分眠りの中に居たようだ。
うっすらと目をあけるとカカシ先生が心配そうに覗きこんでいた。
「ごめんね、昨日無理させすぎた?」
・・・お、男前だな。
見慣れている顔なのに頬が熱くなる。
「どこか痛いとこある?」
言いながら冷たい指先が俺の頬を撫でた。
(ぅわああぁぁぁ、なんだめちゃくちゃドキドキする!!)
カカシ先生の指先の感触に胸がドンドンと高鳴りを打ち始めた。
ど、どうしたんだよ俺。
カカシ先生とはいつもベタベタしてるじゃないか!
何を今更照れているんだ?!
そうじゃないだろ、イルカ!
今日はカカシ先生に我侭言いまくって己を省みて貰うんだろ!
そう自分に言い聞かせながら胸が早鐘を打ったままだ。
うまく声を出せないので俺はカカシ先生の問いに無言で頷いた。
昨日さんざん嬲られた尻が痛い。揺すられまくった腰が痛い。抱きしめられたアバラが痛い。
「ごめん。起きられないくらい痛い?」
「・・・・痛い」
やっと声を出すと、カカシ先生は驚いたような顔を一瞬だけして、ニコっと笑った。
「どうして、笑うんですか?」
俺が痛がっているというのに、笑うなんて不謹慎な。
そう言ってやりたかったがまだ口がうまくまわらない。
カカシ先生はといえばただニコニコ笑っているだけだ。
(・・・・なんだ、余裕だな)
だんだんと腹がたってきたと同時に目が覚めてきた。胸の高鳴りは相変わらずだが顔の火照りは治まった。
そうだ、こんなところで恥らっている場合じゃないのだ。
今日は徹底的にカカシ先生に甘え倒す。
余裕ぶっているが今に見てろよ、ギャフンと言わせてやる。
「カカシ先生、おこして」
布団の中から手を伸ばしてカカシ先生の首に回した。
男の俺がやるには薄ら寒い行為だが、そんなことを気にしていては何も出来ない。
それにカカシ先生はいつもこういう風に俺に甘えてくる。
「イルカ先生、寝ぼけてるの?」
すぐに腰を支えカカシ先生は俺の上体を起してくれた。
頬と頬が触れ合うほど密着した状態で背を労わるように撫でられる。
その心地のよさに素直に体を預けた。
「・・・イルカ、先生?」
「ん?」
「イルカせんせ・・・」
ようやくカカシ先生の声に困惑した色が見え始めた。
既に時計の針は8時を過ぎている。いつもならばアカデミーで朝礼を行っている時間だ。
ちなみに今日俺は前もって有給休暇を申請した。もちろんカカシ先生はそのことを知らない。
しかもカカシ先生にも七班の任務が入っている。
その集合時間は早朝6時、この時点ですでに遅刻だ。
いつも遅刻ばかりをしているカカシ先生だが任務を放棄したことはない。
今日も絶対に行くだろう。っていうか行ってくれなきゃ困る。
そしてカカシ先生が行く際に俺がいつもされるみたいに思いっきりダダを捏ねてやるのだ。
ナルト達には申し訳ないが、これをきっかけにカカシ先生が少しでも反省してくれればそれに越したことはない。
胸の中で手を合わせながら、俺はカカシ先生の出方を待った。
「ごめん、ちょっとヤバ・・・っ!」
「え?」
急に肩を掴まれ引き離された。
何事かとカカシ先生を見上げると頬がうっすらと染まっている。視線も落ちつかない。
(困ってるな・・・・)
ニヤリと頬が緩むのをなんとか堪えた。
カカシ先生が困っている。
いつもは自分勝手に俺を振りまわす男が今は困っている。
その姿に勇気づけられ俺はカカシ先生へとにじり寄った。カカシ先生は僅かに後へと下がった。
「あの、今日アカデミーは・・・」
「行かない」
「行かないって、でも」
「いいんです。それよりカカシ先生、俺、お腹すきました」
とりあえず首を傾げてみると、カカシ先生は顔を真っ赤にしてたちあがった。
「すぐに、用意しま・・・」
「待って!」
台所へと向おうとしたカカシ先生の腰になんとか抱きついて動きを止めた。
(セーフ!もうちょっとで逃げられるところだった)
「離れないでください。淋しいです」
同じ家の中で淋しいもクソもあるかと自分に突っ込んでみるが、これも計画のうち。
それに、カカシ先生が離れた途端に淋しさを感じたのも確かだった。
(・・・なんか、変だな、俺)
ほんとは、カカシ先生のように甘える自信などなかった。
カカシ先生の行動は見ているだけでも恥ずかしく俺はいつも動揺してしまうのに、それを自分がするなどと考えるだけで寒気がした。
しかし、案ずるより産むが安し、か。
思ったよりもカカシ先生に甘える行為に抵抗を感じない。
「側に、居てください」
「・・・でも、それじゃご飯つくれないよ」
カカシ先生の顔は見えないが、体からはっきりと動揺が伝わってくる。
「ご飯は作ってください。でも離れたら駄目です」
「イルカせんせい・・・、ごめんね、ちょっと待っててね」
一度俺の手を握りカカシ先生は俺の腕を解いた。
(おもしろくねぇなぁ)
そのソツのない行為にムっとしてしまう。
俺は上忍のバカ力で抱きしめられると解けないっていうのに。この男はいとも簡単に俺の腕を引き剥がした。
「・・・ばーか」
台所へと消えた背中が憎らしい。
俺はすぐさま毛布をひっかぶりその後を追った。
(続)
目を覚ますとまだ辺りは薄暗かった。
そっと体を起こすと途端に布団の中から長い腕がのびてくる。
その腕に巻き取られるように布団の中に引きずり込まれながら、そっと声をかけてみた。
「カカシ先生?」
反応はない。
熟睡しているみたいだ。
無意識であろうカカシ先生の行動に知らず笑みが洩れる。
(愛されてるなあ)
付き合いはじめてかれこれ3ヶ月になるか、カカシ先生は最初と変わらずむしろ最初よりも熱烈に俺に情熱を捧げてくる。
誰かにここまで好かれるのはもちろん初めてなので戸惑いもするが、悪くない。嬉しいとすら思う。
(だけどなあ・・・)
正直言って困っているのが現状だった。
はたけカカシは非常に我侭な男なのだ。
同僚や生徒達にすら嫉妬し俺を束縛したがる。仕事以外で同僚と飲みに行くなど言語同断。ちょっとでも帰りが遅くなると異常な程
心配する(というか迎えにくる)。思い込みが激しく我が道をつっぱしるくせに繊細。
それに加えて、暇さえあればセックスを求めてくる。
しかもちょっとでも拒絶すれば逆ギレを起されそれこそ夜も眠らせて貰えない。
恋人同士の可愛い我侭どころの騒ぎではないのだ。
カカシ先生には、そういう行為を止めて欲しいと注意するが、まったく聞く耳もっちゃいない。
「はい」と良い子の返事だけはしといて2秒もたてばすぐにまとわりついてくる。
子供みたいな人だからと自分に言い聞かせても、上忍の力は持っているんだから厄介だ。
口で言っても駄目。言い過ぎたら逆ギレを起される。だからと言って力ずくでどうこう出きる相手ではない。
俺は日々疲れ果てていた。
そんな時偶然目にしたのがあの親子喧嘩だ。
娘の我侭を父親は実にうまく制していた。
目には目を、歯には歯を。
我侭には我侭を。
「試してみるか」
カカシ先生の日頃の我侭にどれだけ被害を被っているかカカシ先生自身に経験させてやろう。
好きだからこそ、カカシ先生に我侭を言われるのが辛い。
無理をしてでも叶えてあげたくなってしまうのだ。
しかし叶えるにも限界がある。
朝出勤する度に足元に縋りつかれて「行かないで!」と叫ぶカカシ先生を置いて家を出るのは実は断腸の思いなのだ。
「見てろよ」
隣で幸せそうに眠るこの男、俺が我侭放題したらどのような反応をするだろうか。
(続)
いつものアカデミーからの帰り道、夕飯の買い物に寄った商店街で俺はそれを偶然目にした。
「パパのわからずや!ピアスのどこが悪いっていうのよ!!」
「悪いものは悪い」
「友達みんなしてるもの!私だけ仲間外れだわ!!」
「そんなことぐらいで仲間外れにするような友達は友達じゃない」
「も~~~~~っ、そういうことじゃない~~~~!とにかく!いいでしょ!ピアスしたって!!」
「駄目だ」
混み合う夕暮れ時の商店街を、親子と思われる中年の男とまだ年端もいかない若い娘が早足大声をあげながら通り過ぎていく。
肩で風を切るように歩く二人に、通りの者は皆道をあけ興味ありげに二人の言動を見守っていた。
よくある親子喧嘩だろう。
娘がピアスをするのに父親は反対しているようだ。
なるほど父親は見るからに頑固親父というような風貌で、娘の言い分に聞き耳持たないという所か。
「パパのバカ!もう勝手にするから!!」
娘は更に大きな声をあげ足を止めた。
丁度俺の斜め前くらいだったので娘の表情までよく見えた。
娘の言い様に父親の足も止まる。
「そうか」
振りかえりながら父親はグっと娘を睨んだ。大きな声ではなかったがとても迫力がある。
野次馬連中も皆その父親の迫力に何事かと押し黙った。
娘の方はといえば慣れているのか父親の迫力にもめげずツンとそっぽを向いていた。
しかし、次の父親の一言で娘は愕然とした。
「おまえがピアスをするのなら、俺もする」
は?
娘共々野次馬連中皆ポカ――ンとしてしまった。
「おまえと同じようなピアスをしよう。おまえは花を模った大ぶりのピアスをするのだと言っていたな。俺もそれをつける」
は?この頑固親父がお花のピアス?
それはキツイなぁ・・・・・。
この父親を見て思うことは野次馬連中皆一緒だろう。
案の定娘は泣きべそをかきはじめた。
「やぁだぁ~~~~~!!!も~~~~!!!」
「ほら、帰るぞ」
「パパのばかぁ!!」
「うるさい、さっさと来い」
父親はしてやったりという表情で歩き始めた。娘もその跡をグズグズ言いながらついて行く。
この勝負、父親に軍配があがったのは明かだ。
俺は二人の後ろ姿を呆然と見送った。
「これだ・・・・!」
今の二人のやり取りは俺にとって天啓のようなものだった。
「イルカせんせ、あーーん」
「カカシ先生、あの、自分で食べれますから」
「いけず言わないで、はい、あ~~ん」
あぐらをかいた俺の上に当り前のように横抱きに乗っかるこの男、嬉しそうにニコニコ笑いながら俺に熱々の大根を箸でつまんでさしだしている。
間違っても食事をするような状態ではない。
しかも赤ん坊じゃあるまいしなぜ食べさせてもらわなければならないのだ。
意地で口を閉じていると、カカシ先生は構わずグリグリと大根を俺の口へと押しつけた。
「ぅお、あっちぃ!!」
大根のあまりの熱さに乗っかるカカシ先生を横へふっとばしてしまった。
ドゴォ!
鈍い音がしてカカシ先生がアパートの薄い壁に激突する。
あ、やべえ。
やりすぎたかなと思ったが、俺の唇も火傷しているだろうのでお互い様だ。
「・・・イルカせんせい」
「なんですか?カカシ先生も早く食べなきゃ飯さめますよ」
チラリと見やるとカカシ先生は今にも泣き出さんばかりに顔を歪めて俺に突進してきた。
(ギャ!!)
「ヒドイヒドイヒドイ!あんたどうしてそんなにヒドイの!飯じゃなくて冷めてるのはイルカ先生の俺への愛情だよ!そーだ!
きっとそうなんだ!もう俺のことなんか嫌いなんだ!!」
避ける暇もなく突進してきたカカシ先生にそのまま押し倒されてしまった。
カカシ先生は俺の胸に顔を埋めてヒステリックに喚き出す。
毎度のことだが上忍の腕力でギュ―ギュ―と体を締めつけられなおかつあの剛毛でグリグリと胸を擦られるのでたまったもんじゃない。
痛すぎる。
「はなして、くださ・・・」
身をよじると拘束はもっと強くなった。
「ッ!!!!逃げるの?!どうして?!そんなに俺のことが嫌い?!」
いや、嫌いとかの問題じゃない。
カカシ先生のことは好きだ。嫌いなんてことは絶対ない。
けれど好きだからと言ってなんでも受け入れられるわけではない。
「イルカ先生のバカバカバカ!!」
カカシ先生は声に合わせて俺の胸を拳で叩いてきた。
(・・・死ぬ)
このままじゃ肋骨折れてそれが肺に突き刺さって死ぬ。
「やめろ・・・っ!!」
なんとか押しのけると、カカシ先生は真っ白な顔をして俺を凝視していた。
元から顔色がよくないので今はまるで死人のようだ。
「・・・やっぱり、俺のことなんか嫌いなんだ・・・・」
「・・・だから!」
好きだと続けようとしたが、また押し倒されてしまった。
今度は両手を人括りに頭上で拘束され、ロクな抵抗が出来ない。
「誰か他に好きな人ができたの?俺はもう用済み?」
違うと言いかけた口はあえなくカカシ先生によって塞がれた。
「・・・ぅ、ぐっ」
「駄目だよ、絶対駄目。許さないからね。あんたを他の男になんてやらない。他の男にやるくらいならあんたを殺して俺も死んでやる!」
そんなおっかない台詞を吐きながらカカシ先生の顔は涙でグチャグチャだった。
「こんなに好きなのに、愛してるのに!ああもう好き!!」
好き好き言いながらカカシ先生は俺の体をまさぐり出した。
(今日もか・・・)
胸元で揺れ動く銀色の髪を見ながら俺は観念して体の力を抜いた。
(続)