やけに音が大きく聞こえる。
読んでいた巻物から目を上げると窓の外の月が見えた。
雲の動きが早い。
木々が風に吹かれ大きく戦慄いていた。
ザワリと、耳の奥が揺れる。
(早いな)
風に吹かれるわけでもないのに背中が粟立つような感覚が走った。
(帰ってきたか)
どんなに早くとも今夜中には会えまいと思っていたが、予想が外れた。
ふいに弾かれるような音が響いた。
瞬きもする間もなく部屋にカカシ先生が部屋に飛びこんできた。
肩で息をしながら必死で言葉を紡ごうと口を開く。
「イルカ先生・・・!」
その顔を見て、さっきまでの恐怖が薄らいでいくのがわかった。
どうやら、この人は俺に愛想を尽かしたわけじゃなさそうだ。
「おかえりなさい」
座ったままカカシ先生を見上げた。
カカシ先生は俺の前まで来ると膝を折り、ただ「うん」と頷いた。
まだ息が上がっている。何か言おうとするのに、うまく呼吸が出来ないようだ。何度か言葉を飲み込み、それから焦るような手つきで俺の肩を抱き寄せた。
「また、無茶をして」
「はい」
「子供達は大丈夫ですか?一日で往復出来る距離じゃないでしょう」
「・・・大丈夫です。ちゃんと一緒に里に戻りました」
抱き寄せられてるのでカカシ先生の心臓の音がよく聞こえる。
早い鼓動に、
「無茶をして」
そう言わずにいられなかった。
一層強く抱きしめられる。両腕ごと抱き込まれ俺は身動きが取れない。
「バカ」
「・・・はい」
「あんたはバカです」
「ごめんなさい」
「・・・どうして、こんな結界なんて・・・!」
結界を張ってどうするというのだ。俺を閉じ込めたところで、何になる?
湧き上がる怒りに胸が締め付けられる。
結界を張るのにもチャクラがいる。カカシ先生の張った結界は決して片手間に出来るものじゃない。
ただでさえ体力を消耗する技ばかり持ち、スタミナ不足がちな男なのだ。
それなのに強大な結界を張り、里を離れずっと走っていたのだ。
見ろ、今だってまだ呼吸があがったままだ。鼓動だってちっとも落ち着かない。
「・・・やっと、俺のものだって」
震える声でカカシ先生が呟いた。
俺の肩口に額を乗せ、しがみ付くように俺を抱きしめる腕に力を込めた。
「あなたいつも素っ気ないのに、今日はすごく優しくて、可愛くかったから。俺嬉しくて・・・」
嬉しかったのか?ちっともそんな風には見えなかったが。
「ほんとに嬉しくて、もう無理だって思いました。俺はあなたに捨てられたら生きていけない。あなたに嫌われたら生きる意味がなくなる。前からそうだったけど、あなたは逃げてばっかりだったでしょ。だから、ずっと我慢してた」
「・・・我慢?」
何を?あれだけ好き勝手我侭放題やっといてどこを我慢してたというのだ。
疑問に思うがカカシ先生は本気で自分が我慢していると思っているようだ。
「イルカ先生は俺のことは特別に好きなわけじゃないって。俺にとってあなたは唯一の人だけど、あなたにとって俺はその他大勢の一人だ。だから、どんなにあなたが素っ気なくても、それで我慢しようと思った。側に居られるだけでいい。嫌われてないならそれでいい。あなたを抱けるなら、それだけで充分だと思おうとしました。でもね、イルカ先生」
矢継ぎ早に吐き出される言葉を俺は半ば呆然と聞いていた。
「それは、辛い」
血を吐くように、カカシ先生が「辛い」と言う。
怒りに締め付けられる胸が悲鳴を上げそうになった。目の奥が熱い。怒りに視界が赤く染まる。
何が辛いだ、ここまで俺を束縛しといて!
俺の生活は今やカカシ先生に振り回されっぱなしだ。何処に居ても何をしていてもあんたは俺の側に居るじゃないか!
離れていたって、俺はあんたのことが気になってしょうがないじゃないか!
「あんたは・・・!」
怒りをぶつけたかった。好き勝手に自分の言い分ばかりのこの男に何か言ってやりたかった。
けれどその前に、カカシ先生が急にうっとりとした口調で呟いた。
「でも、今日のイルカ先生すごく可愛かったから。ああ、俺イルカ先生に好きになって貰えたんだってわかった。もう我慢しなくていいってわかった。俺ね、ずっとあなたを独り占めしたかった。ナルトみたいにいつだってあんたに大切に想われたかった。誰の目にも触れないところに閉じ込めてしまいたいって何度も考えて。でもそんなことしたってあなたは俺のものにはならない。あなたに嫌われたら俺は生きていけないから、ずっと我慢してたよ。でも、あなたはやっと俺のこと好きになってくれたでしょ。もう独り占めしてもいいんだってわかって・・・」
ありったけの力でカカシ先生の腕を振り解いた。
不意打ちをくらったカカシ先生は何が起こったかわからないと顔で俺の顔を見つめた。
それから、また手を伸ばしてくる。
逃がしはしないと意思を持って。
「カカシ先生!」
捕まる前に声を張り上げた。
このままカカシ先生の言い分だけ聞いて、はいそーですかで納得出来るか。カカシ先生の手は一瞬躊躇したものの、次の瞬間にはまた強く抱きこまれていた。
「無理だって言ったでしょ」
さっきとは打って変わった低い声で耳元で囁かれる。
チクショウ。まただ。また易々ととっ捕まって、相手の気持ちだけ聞かされて。
俺の方が、絶対辛い。
「放せ・・・!」
涙が出そうになった。
自分を束縛しようとするこの男には、俺の気持ちなどちっとも伝わってなかったのだ。
俺は何も言う暇がないくらい、あんたは自分のことばかりだ。
やっと好きになってくれた、だと?
俺の気持ちなど聞く気など、実は全然なかったくせに。
誰があんたのことをその他大勢の一人だなんて言った?大切に想ってないなど言った?
なんとかカカシ先生の腕から逃れようと暴れた。
「駄目。あなたは俺のものだよ」
「カカシ先生・・・!!」
お願いだから、一人で勝手に思いつめないでください。
そんな辛い顔をしないでください。
悲しい顔をして俺に好きだと言わないでください。
(続)