・・・これも駄目か)
「・・・ふ・・・、さすがは上忍・・・・」
何度目かの印を切り終え、俺は片膝をついて黄昏た。
『中忍なんかじゃこの結界は解けないよー、バーカバーカ』ってことか?
「ドちくしょう!!」
ヤツアタリ半分に畳返しとしてみたがそれもまた虚しい。
ひっくり返った畳の裏から長年溜まった埃が立ち昇り目の前が霞む。
(ハッ!!!)
人だ!!
埃がはれると窓の外の方で人の声が聞こえた。
慌てて窓へと近寄り表に居る人へ手を振った。
「おーーーーい!!おーーーーーっい!!!」
表の道を母子が仲良く手を繋いで歩いている。
頼むから気づいてくれと必死で手を振っていると、息子の方が顔を上げた。
(助かった・・・・っ!)
こんだけ大声を出しているのにも関らず母親の方は気づきもしない。
どうやら俺の声は外へは一切洩れないようになっているらしかった(外の声は問題なく聞こえるのに)。
さっきから何人か人が通ったが、俺に気づいたのはあの男の子だけだ。
やっぱり子供は感が良いんだな。
感心しながらも必死の形相を作って助けを求める。
男の子は母親の袖を引っ張り俺を指差して何かを告げていた。
母親も俺を見上げる。
「玄関をあけてくださーーーーっい」
身振り手振りを交えなんとか玄関の方へ回ってくれと伝え様としたが・・・、
「バイバーーイ!」
男の子は無邪気にニコニコして俺に手を振った。
母親の方も同じようにニコニコしながら・・・・・。
「違う!そうじゃないんだ!助けてくれ!!」
違う違うと手を振ってもその母子は全く気づかない様子で手を振りながら去っていった。
万策尽きたか・・・・・・。
ガクリと膝を折った。
やるだけのことはやってみた。
窓を破ろうとしたし天袋から出ようともした。巻物をひっくり返して使えそうな術を試した。
けれど全て無駄だった。
助けを呼ぼうにもこの有様だ。
・・・・どうすんだよ・・・・・。
今日はまだいい。幸い有給をとってるし外へ出られなくても問題はない。
食料は困らない程度にはあるし水もガスも電気も使える。
だが、明日からはまたいつも通り仕事があるのだ。
この忌々しい結界を張ったカカシ先生は早くても戻るのは明日の夜だ。
今日は有給で明日は無断欠勤って・・・・、洒落にならねえんだよ!!
有給とてかなり周りからブーイングを受けたのだ。それを頼みこんで半ば無理矢理にもぎ取った休みだというのに。
明日休んだりなんかしたら・・・・・。
同僚達の怒り狂う姿が目に浮かびそうだ。
運よく誰かが怒鳴りこんできてくれればいいが、そんな暇があるくらいならそこまで反感は買わないということだ。
事務方は常に人手不足だった。
「クソ・・・ッ!!」
大体なんで俺がこんな目に会わなきゃならない。
バチか?!バチがあたったのか?!
カカシ先生を困らせてやろうなどと考えてしまったから、なんかこう神様とかお釈迦様とかそういう類いのが怒ったのか?!
(なんなんだよ!ちっとも困ってなかったじゃねーかよ!)
あげくにこの仕打ちだ!!
あ、そうだ、バチも何も、こんなことをしたのははたけカカシ本人だ!!
カカシ先生が怒ったのか?!
・・・・それは、まぁ、あるかもな。
困らせるつもりが怒らせてしまったのか?
俺もカカシ先生にああいう類いの我侭を言われたら怒るが・・・・、
「ここまでしねぇ!!」
しようと思っても出来ない。
けど、出来てもしない。それぐらいの道徳観はある。
大体結界張って何の意味があるっていうんだ。
俺をこんなところに閉じ込めたって、カカシ先生はさっさと仕事に行ったわけだし・・・。
あ。
そういえば、以前、足に縋って駄々を捏ねるカカシ先生を振りきって出勤しようとしたことがあった。
その時カカシ先生はアカデミーの手前まで俺を追ってきた。
俺はブチ切れてその後一週間口をきかなかったのでよく覚えている。
(カカシ先生も俺が追ってくるのが嫌で・・・・?)
だから前持ってそうは出来ないようこんな小賢しい結界など張ったのか?
「そんなに俺は迷惑か?!」
腸が煮えくり返るようだ。
いくら困らせてやろうと思ってもそこまで羞恥を捨てる気はない。というか人間を捨てる気はない。
ムカつく。
全てにムカつく。
カカシ先生が俺がそんな真似をすると思ったことにも、それに予防線をはったのかもしれないことにも。
俺がカカシ先生のすることには結局何一つ逆らえないことにも。
朝、我侭を言った後のカカシ先生の様子を思い出した。
何を考えているか全くわからなかったが、その実、ただ呆れていただけだったのか。
あの目を見た時、捨てないで欲しいと思ってしまった。
突き放されると恐怖した。
恐怖して・・・ああ、そうだよ、悲しくなった。
今も悲しい。
普段は俺の方が威張っている。
カカシ先生も大体は俺の言うことを聞いてくれている。
(なんだかなぁ・・・・)
手のひらで転がされてるだけなのか、結局。
わからなかった。
頭の中がグチャグチャする。
「早く帰って来い」
決して開かない玄関の扉に向って呟いた。
とにかくカカシ先生、あんたが居ないと話にならない。
今はまだ夕刻、明日の夜までたっぷり時間はある。
それまであんたのことだけを考えてやろう。
もしかしたら俺は少し甘え過ぎていたのかもしれない。
あんたが感情をぶつけてくるままにそれに振りまわされて、あんたが俺にとって何なのかよくわからないまま付き合ってきた。
「カカシ先生、俺を見くびらないで頂きたい」
振りまわされながら、あんたを想う気持ちはどんどん溜まっていく一方だった。
溜まった気持ちは吐き出される暇はなく更に溜まっていく。
カカシ先生、あんたのせいもあるんですよ。
俺があんたを愛しく想うのは、あんたの形振り構わない言葉や態度のせいもあるんです。
実際あんたの腹の中はわかりませんが、
積もり積もったこの気持ち、いっそのこと全部あんたにぶちまけてやりましょうか。
(続)