「カカシ先生、あーーん」
「・・・・・・・・・・」
「はい、あーーーーーーん」
「・・・・・・・・・・」
正座をするカカシ先生の足の上にまたがった俺はいつも強要されている行為を迫った。
カカシ先生は顔面蒼白で俺の行為を眺めている。手は律儀に俺の腰へとまわされているので一応意識はあるようだ。
ただ全く口を開ける気配はない。
まあそうだろう。
コレはとても恥ずかしい行為だ。
カカシ先生が口を開きたがらないのもわかる。
なので、俺はカカシ先生の口を無理矢理こじ開けた。
わずかに開いた隙間に卵焼きを押し込んだ。俺はカカシ先生と違って優しいので熱々を放りこんだりしない。
瞬きも忘れて俺を呆然と見るカカシ先生は卵焼きを口に入れられても反応がなかった。
「噛め」
目に力を込め言うと、モソモソと咀嚼をはじめた。
「おいしい?」
聞くとコクコクと頷く。
もちろん俺が作ったのではないが、美味しいのならよかった。
続いて鮭の塩焼きを丸ごと箸で摘んでカカシ先生の口へ押しこんだ。
更にごはん味噌汁漬物と次々と押しこんでいった。
カカシ先生は終止だまってそれを咀嚼していた。
(・・・・・なんでこんな反応ないんだ?)
大人しくされるがままのカカシ先生に俺は釈然としなかった。
はっきり言ってこういうことすればさぞ喜ぶだろうと思っていた。以前に「イルカ先生もやってよ!あーんって!!」と何度も強請られた。
別に喜ばせたいわけじゃないが、反応がないのも面白くない。
なんだよ、実際やったら気色悪かったってことか?
腹が立つのでまだ口の中をモゴモゴさせているカカシ先生の鼻を摘んでやった。
ケケケ、これで息ができまい。
いつまで持つかと思ったが、カカシ先生はすぐに口の中のものを飲みこんでしまい俺はなんのために鼻を摘んでいるのかわからなかった。
手を離すとカカシ先生の鼻が赤くなっている。
ちょっと可哀想に思って、赤くなっている部分に軽く口付けてみた。
ビクゥ!!
瞬間にカカシ先生の体が大きく慄いた。
(嫌だったのかな?)
顔を覗きこむとカカシ先生は目をかっぴらいて俺を凝視している。
「いや、ですか?」
聞くとブンブンと首をふった。
その反応に気をよくし、俺はさらにカカシ先生の鼻や頬で額などに軽く啄ばんだ。
しかしカカシ先生の顔色はみるみると白くなっていく。
赤くなるならまだしも、白くなるってなんだよ、失敬な。
「せんせ、俺、これから任務で・・・・」
蝋人形のようにになったカカシ先生はシドロモドロになりながら必死に言い募る。
「もう、行かれるんですか・・・?」
口の端を舐め上げながら上目遣いで問うと、カカシ先生は眼球だけを動かし俺をみた。
「行かないと・・・」
感情の読めない色違いの眼で俺を見下ろす。
瞬間、ギクリとした。
ほんと、何を考えているんだか。
ため息が洩れた。
たまに、ほんとに極々たまに、カカシ先生はこういう感情のない目で俺を見ることがある。
でもこういう目をするときは俺に近づかず、少し離れたところでボンヤリと俺を眺めていた。
(ガラス玉みたいだ)
間近で見るのは初めてなその目は覗きこむと俺を映し出していた。
カカシ先生の目の中の俺は、思ったよりもずっと情けない顔をしていた。
いつも泣きべそをかいているのはカカシ先生の方だ。
なのに、今は俺のほうが泣きそうな顔をしている。
「行かないでください」
口から出る言葉は、朝から言おうと計画していたものだ。
芝居がかって大げさに言ってやろうと思っていたが、出された声は自分でも驚くほど平淡だった。
これじゃ、嘘だとばれるかな。
せっかく上手く騙したと思ったのに。
カカシ先生が途中から無反応になったのですっかり調子がくるってしまった。
自嘲気味に笑いながら、これ以上自分の情けない顔をカカシ先生の瞳に見たくなくて俯いた。
カカシ先生の胸に額をくっつけていると、ふいに体が浮いた。。
あ、という暇もなく膝から下ろされる。
「ごめん、行かなくちゃ」
カカシ先生は立ちあがり、口布を引き上げた。額当てもいつものように左目を覆い、カカシ先生の表情は完全に右目の深い蒼だけになった。
ますます何考えてるんだかわからない。
ふいに、悔しくて溜まらなくなった。
「行かないで」
もっと困ればいいのに。
俺はあんたの我侭にふりまわされっぱなしで、毎日毎日心身共に疲れ果てて。
なのにあんたは俺の我侭に少し困ったそぶりを見せただけで、後は何も見せてくれない。
俺など何をしても関係ないとでも言いたいのか。
「行かないでくださいっ」
いとも簡単に動きを封じられた。
喋る言葉さえもその目を前に意味をなくした。
悔しくて悔しくて、上から見下ろす男を睨みつけた。
カカシ先生は眉一つ動かさず、
「待ってて」
ポツリと言ったきり、部屋から出てしまった。
しばらく畳に座りこんだまま呆然としていた。
バカみたいだ。
結局カカシ先生を困らせることなど出来ず俺が虚しい我侭を言っていただけだった。
「なんだかなあ・・・」
呟いた自分の声をどこか違うところで聞いているようだ。
嫌われでもしたらどうするんだ。
先ほどのカカシ先生の感情のない目が脳裏に焼きついて離れない。
胸が押しつぶされそうな気がした。
ふいに、カカシ先生が我侭を言った後によく「捨てないで!」と叫んでいたことを思い出す。
その時は「何を言っているんだ」と思っていたが、立場が逆転するとカカシ先生が何を必死になっていたのかわかる気がした。
俺とて、今すぐにでもカカシ先生に「捨てないで」と縋りつきたい。
不安なのだ。とても。
言葉にしないとこの嫌な気持ちに取り込まれそうで、けれど言えば言ったで更に不安になるだろうことも目に見えている。
「こんなことしなきゃよかった」
軽い気持ちだったのに、今はとてつもなく気が重い。
どうしようもない脱力感に俺はそのまま畳に横になった。
(続)